島原 秀登 (SHIMAHARA, Hideto)助教
マテリアルサイエンス, ナノマテリアルテクノロジーセンター
◆学位
大阪薬科大学薬学士(1992),大阪大学修士(理学)(1994),大阪大学博士(理学)(1997)
◆職歴
大阪大学蛋白質研究所COE研究員(1997),RRF研究所研究員(1998)
◆専門分野
生体触媒科学,NMR構造生物学,生体分子量子化学,生物化学, 分子生物学,生物物理学,
◆研究キーワード
酵素の触媒機構
◆研究課題

炭酸脱水酵素の触媒反応機構の探索

NMR法を用いた触媒活性ヒスチジン残基イミダゾール環の互変異性化平衡反応の定量化によるプロトントランスファ機構の解明

炭酸脱水酵素(carbonic anhydrase)は、生体の代謝によって産出される二酸化炭素を水和するという生命活動の根幹にある反応を触媒することから、生体機能調節のあらゆる局面において枢要な役割を担います。その一方で発見されている酵素の中でも長い研究史をもち常にenzymologyをリードしてきたことから、臨床ばかりでなく基礎の研究分野においても重要で学際的な広がりをもつ酵素です。従って、この酵素の全容を明らかとすることは、酵素学分野そのものの発展となるばかりでなくゲノムプロジェクト以降に展開される分野のモデルともなるため、その重要性がさらに高まっています。本酵素の中でもヒト炭酸脱水酵素IIアイソザイム(hCAII)は、その高い触媒効率から酵素の中で最も進化した酵素のひとつとして有名です。その触媒を説明するピンポン機構は、現在、酵素のくぼみの底に位置する亜鉛結合OHが第一の基質CO2と結合し生成物HCO3を解離するとの順序を原子レベルで描画しています。しかし、引き続いて起こる、HCO3を放出した亜鉛が第二の基質である水と結合しそしてプロトンを生成する順序について、特にその生成物プロトンをくぼみ内部から外部溶媒へ輸送する段階に機能するHis64の振舞いについて、合理的な解釈を記述するに至っていませんでした。そこで、本研究では、His64側鎖イミダゾール環の二つの窒素(Nδ1,Nε2)に結合する水素の正確な状態を知るために、15N/1H-NMR法を用いてこの残基の互変異性平衡反応を定量化することを試みました。その結果、His64は平衡定数KT=1.0という特異な値を示すことを見つけました。この値はこの残基の環の二つの窒素はどちらも酸・塩基の両方として機能するということを示しています。一般にHis残基の互変異性は水素結合によって支配され、Nδ1-H異性体はNδ1窒素がその結合に関る場合に、Nε2-H異性体はそうでない場合に現れることを、低分子ヒスチジンアナログを用いて指摘しました。このことから、そのHis64のKT値はNδ1窒素に関る水素結合が形成したり崩れたりしていると考えられました。この動的な像を結晶構造の活性部位に組込んだところ、本酵素の特徴である速いプロトントランスファ反応を説明し得る触媒機構(下の図をクリックすると拡大します)をあらわすことに成功しました。
炭酸脱水酵素に関する日本語の総説(JpnJCAR (2008) 1, 39-49)は下のURLより入手できます。
http://opac.ndl.go.jp/articleid/9778395/jpn
最近の動向
最近、私たちが提唱しましたこの機構の2つの新しい洞察に特に注目が集まっています。一つは、"His64の互変異性変化が関与すること(洞察a)"であり、これは本酵素研究の重鎮 Silvermanらによって紹介されました(review: Acc. Chem. Res., 2007, 408, 669)。もうひとつは、"これまでHis64の特徴の一つとして扱われてきた2つの配向(in/out)の変化がそのH+移動に寄与しないこと(洞察b)"です。これは、in配向/Nδ1-H異性体とout配向/Nε2-H異性体の間の運動等を提唱したFisherらの機構(Biochemistry,2007,46,2930)と比較され、界を二分する激しい論争となりました。しかし、野生型よりも高活性を示すY7F変異体のX線結晶構造においてその配向変化がHis64に観察されないとのことが報告され、His64が静止している状態でH+を移動する機構が必要であると考えられるようになりました。そのようなことからついにSilvermanの総説において私たちの主張が適当とされ(Mikulski & Silverman, Biochim. Biophys. Acta, (2010)1804,422-26)、その最終段落において上の触媒機構の工夫が紹介されています。現在、本研究はこの提唱機構をさらに詳細に記述し、より動的に具現化した像によって評価する段階にあります。私たちはその洞察a,b)から成る機構をFisherらの機構と、どれぐらいの差があるものだろうか、と定量的に比較するために、本学NEC SX-9/Gaussian09を使って密度汎関数法理論(DFT, B3LYP)による構造最適化計算を行い、得られた状態のエネルギーの値に基づいて作成したダイアグラムによってその差を計測する研究を行っています。その他、酵素変異体作成等に係る分子生物学的手法や酵素-阻害剤複合体中間体アナログを利用する生化学的手法をNMR法と併用することで得られる実験情報を機構の各ステップに取り入れる研究を行い、量子化学・分子力学的計算手法による理論解析結果と実験結果の間の整合性を図ることで機構を評価する研究を進めています。最終的に、反応制御に係る因子を網羅した本酵素触媒機構の完全記述を目指します。最後に、本研究においてあらゆる酵素機能の発現において主役となるヒスチジンの状態・挙動・振舞いの知見を得る解析手法を系統的に確立したことで、今後、多くの酵素の触媒機構解明に関する研究が飛躍的に進歩すると期待されます。


排出二酸化炭素を削減するための酵素触媒利用


大気中に排出されるCO2を余分なエネルギーを使わずに散らばらないように一つの場所に集めておくこと(CO2 Capture and Storage, CCS)はどのぐらい可能なことでしょうか。このCCS技術は、排出される温室効果ガスの大幅な削減目標を達成するための方法の一つとして期待が高まっているものです(下図をクリックすると拡大します)。本研究は、酵素触媒化学の知見を背景として、この課題に生物学的な側面からのアプローチを試みています。生物界においてCO2水和反応は様々な炭酸脱水酵素(CA)によって触媒されます。中でも最も触媒効率の良いCAのII型(CAII)は、上の基礎研究において示した図のように亜鉛を中心とする金属イオン触媒と、アミノ酸残基(His64)が関わる一般塩基触媒の二つの触媒が同時にはたらく機構をもちます。そこで生じたHCO3は生体内pH調節や呼吸など、様々な生理プロセスを調節していますが、ここでは特に貝殻等の形成に見られる炭酸カルシウム(CaCO3)結晶の効率的な生成プロセスに着目しています。そこではHCO3生成とCa2+結合という二つの機能をもつCAIIの存在が決定的な役割を果たし、外套膜の膜外に難溶性CaCO3を沈着させて貝殻を形成しています。ことことから考えると、酵素触媒の反応機構を利用した効率的なCaCO3の生成と低コストの貯留を可能にする新たなCCS技術が生まれる可能性があります。最近、実験室系においてCAII酵素触媒による効率的な殻状CaCO3結晶の生成機構についての新しい知見を得ていて、現在、酵素の高機能化や耐熱性を考慮した触媒の低分子化等により、この技術の実用化研究に取り組んでいます。

遺伝子発現に関わる再構成ヌクレオソームの構造変形に関する研究

真核生物の染色体は、ヒストンH2A, H2B, H3, H4からなるコアヒストンオクタマーに146bpの2本鎖DNAが約2回巻きついたDNA-ヒストン複合体からなるヌクレオソームを基本構造としています。本研究では、遺伝子操作技術によってヒト細胞に由来するヒストン遺伝子をもつ大腸菌に作成し、その遺伝子発現から得られるヒストン蛋白質と別に用意したDNAを材料として人工的にヌクレオソームを作成するというヌクレオソーム再構成系を確立しました。このヌクレオソームは、原核生物に産生させていますので、ヒト細胞から直接抽出したヌクレオソームと異なり、翻訳後修飾を全く含まないという特徴をもちます。このヌクレオソームを用いると、遺伝子発現、修飾に関わる蛋白質の相互作用を一義的に決定することが可能となり、現在生物化学的、物理化学的手法による解析が進んでおり、また一方でより高度にヌクレオソーム束ねた人工的なクロマチンが作成されています。

■研究業績

◆発表論文
・ 生体高分子の触媒科学-金属含有蛋白質のプロトン輸送の機構解明- , 島原秀登,Muhamad Koyimatu,杉森公一,長尾秀実 , 北陸先端科学技術大学院大学 共有計算サーバ使用成果報告 , 34 , 2014/07
・ Approach to Structure-Based Drug Discovery on Molecular Biology. , Shimahara H , Mol Biol , 4 , 1 , e121 , 2014.11.24
・ An Approach to Water Molecule Dynamics Associated with Motion of Catalytic Moiety , Hideto Shimahara, Kimikazu Sugimori, Muhmad Koyimatu, Hidemi Nagao, Tadayasu Ohkubo, and Yuji Kobayashi , AIP Conf. Proc. http://dx.doi.org/10.1063/1.4794643 http://scitation.aip.org/content/aip/proceeding/aipcp/10.1063/1.4794643 , 1518 , 610-613 , 2013
・ Theoretical Model for Assessing Properties of Local Structures in Metalloprotein , M. Koyimatu, H. Shimahara*, M. Iwayama, K. Sugimori, K. Kawaguchi, H. Saito, and H. Nagao* (*co-correspondence) , AIP Conf. Proc. , 1518 , 626-629 , 2013
・ Nucleosome Structural Changes Induced by Binding of Non-histone Chromosomal Proteins HMGN1 and HMGN2 , Hideto Shimahara*, Takaaki Hirano, Kouichi Ohya, Shun Matsuta, Sailaja S. Seeram, and Shin-ichi Tate , FEBS Open Bio, http://dx.doi.org/10.1016/j.fob.2013.03.002 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3668530) , 3 , 184-191 , 2013
◆講演・口頭発表
・ 炭酸脱水酵素の機能発現と構造に関する理論的研究 , Muhamad Koyimatu, Kimikazu Sugimori, Hidemi Nagao, Hideto Shimahara , 第53回日本生物物理学会 , 金沢 , 2015.09.13-15
・ 貝由来炭酸脱水酵素ナクレインのカルシウム結合部位の解析 , Hideto Shimahara, Muhamad Koyimatu, Yuji Kobayashi , 第53回日本生物物理学会 , 金沢 , 2015.09.13-15
・ 炭酸脱水酵素の触媒反応に見られるプロトン移動の解明に向けた実験・理論的アプローチ , 島原 秀登,ムハマド コイマツ,杉森 公一,齋藤 大明,川口 一朋,長尾 秀実 , 第8回分子科学討論会 , 広島 , 2014.09.21-24
・ Theoretical Study of Tautomerization and Conformations of His64 in Human Carbonic Anhydrase II , Koyimatu Muhamad,Shimahara Hideto,Sugimori Kimikazu,Saito Hiroaki,Kawaguchi Kazutomo,Nagao Hidemi , 第8回分子科学討論会 , 広島 , 2014.09.21-24
・ Theoretical Study of p-stacking Interaction in Carbonic Anhydrase , M. Koyimatu, H. Shimahara, K. Kawaguchi, H. Saito, and H. Nagao , International Symposium on Computational Science 2013 , Kanazawa , 2013.02.18-21

■学外活動

◆所属学会
・ 日本蛋白質科学会 , 2009年度 -
・ , 2008年度 -
・ 日本生物物理学会 , 2008年度 -
◆審議会等への参画状況
・ 日本炭酸脱水酵素研究会 , 幹事(事務局長補佐)・評議員・編集委員 , 平成22年11月30日-平成25年11月29日
・ 日本炭酸脱水酵素研究会 , 評議員 , 平成21年2月14日-平成22年11月29日
◆その他の国際・国内貢献等
・ 日本炭酸脱水酵素研究会会員(2005-)
・ 日本分子生物学会会員(2000-)
・ 日本生化学会会員(1996-)

■賞等

学術奨励賞 , 第3回日本炭酸脱水酵素研究会学術集会 , 2007.09.22